前橋地方裁判所太田支部 昭和38年(タ)1号 判決 1966年2月24日
原告(反訴被告)
KT
右訴訟代理人
橋本重一
被告(反訴原告)
KM
右訴訟代理人
石橋内蔵之助
主文
原告(反訴被告)の請求は棄却する。
被告(反訴原告)と原告(反訴被告)とを離婚する。
原告(反訴被告)と被告(反訴原告)間の長女Aおよび長男Bの親権者を原告(反訴被告)と定める。
原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対して金六〇万円およびそのうち、三〇万円に対する昭和四〇年三月三日以降完済に至るまで年五分の割合、そのうち三〇万円に対する本判決確定の日の翌日から完済まで年五分の割合による各金員を支払うこと。
被告(反訴原告)のその余の請求は棄却する。
訴訟費用は、本訴反訴を通じて三分しその二を原告(反訴被告)その余を被告(反訴原告)の負担とする。
事実<省略>
理由
一、先ず原告の本訴請求について判断する。
(一) 公文書であつて、真正に成立したものと認める甲第三号証(戸籍謄本)および被告本人尋問の結果によれば、原告は、被告と原告主張の頃結婚式を挙げて原告方に同棲し、翌三二年二月二五日婚姻の届出をした事実およびその間に同三二年三月二八日長女A、同三四年一二月一二日長男Bが出生した事実を認めることができる。
(二) よつてその離婚事由の存否について判断するに
(イ) <証拠による>と、被告は、もともと小心で内攻的な性格であつたが、結婚当初原告が将来の生活について被告と話し合つた際被告において「もし離婚になつたら実家で家を建てて分家してくれる。」などとやや常識を欠いた言動があつた外はそれ以来約六年間別段変つたところもなく、夫婦仲も円満で、家事と農業の手伝に精を出していたところ、その疲労がかさなつたためか稼働中にも居眠りをするようになり、加えて昭和三七年三月中に妊娠中絶をした予後が悪く容易に出血が止らず、その頃から原告主張のようなあらぬことを口ばしり同年六月初旬ついに寝込んでしまい四五日は食事もとらず家人とも口をきかない有様となつたので、原告の父Nから実家に戻され、附近の伏島病院にかかつたが回復せず、同病院の紹介で同年七月四日足利市青木精神病院の診察を受け、当初神経症と判断されて、同病院に同日から同年八月九日まで、同月一八日から同月三〇日まで、同年一〇月七日から同月九日まで、昭和三八年一月一四日から同三九年七月三一日まで四回に亘り入院し、その間感情と行動の鈍麻がみられ、軽度の精神分裂症の疑もあると診断されたが、軽快し、家庭において作業の訓練を行うことが適当と認められて現在実家で家事に従事しており、家族や周囲の理解と協力があれば十分回復の見込がある事実が認められ、右認定に反する原、被告本人尋問の結果は信用できず、他に該認定をくつかえすに足る証拠はない。されば、右一事のみでは夫婦の協力義務が完全に果し得ないとも認められず、被告が強度の精神病にかかつて回復の見込のないということを理由とする原告の離婚請求は認められない。
(ロ) 被告の精神状態に若干の欠陥があることは前記のとおりであつて、そのほかになお婚姻を継続し難い事情があるかどうか調べるに<証拠による>と、原告は結婚当初は被告に対して夫としてすくなからず愛情をよせていたが、前記のように被告の常規を逸する言動に接するにおよんで次第に嫌気がさし、加えて精神病の疑がでたためすつかりその愛情を失い、原告の両親も農繁期に被告に寝込まれて人手不足に悩まされ、家事や育児にも支障が生じたことやまた被告のあらぬ言葉にいたく反感をいだき、原告とともに被告を離別したいと考えていることおよび被告も今は婚家に帰る意欲を失いその親族らも後記のような原告らの仕打にすつかり腹を立てて離婚もまたやむを得ないと考えていることが認められ、以上の状況では、被告の病気は軽快したとはいえまた農耕のような重労働にたずさわるのはかなり困難であつて、今後もなお周囲のあたたかい協力のもとに療養を続ける必要があるのに、いまそれを原告らに望むことは不可能と思われる事情をもあわせ考えると、原被告がその婚姻を継続してゆくことは極めて困難であると推察され、該婚姻関係はすでに破綻したものと認める外はない。
(三) そこで、本件婚姻関係破綻の責任について考えるに<証拠によれば>被告は昭和八年七月一二日田畑二町余を耕作する亡KR訴外KIの三女として生れ、昭和二四年二月毛里田実科女学校を卒業し、間もなく父が死亡したため弟Yらとともに農業に励んでいたところ、田畑一町五反余を耕作する原告の父Nが、農業の人手を増やしたいと考えて被告を原告の妻にと望んだものであつて、被告は、結婚後毎日朝は午前四時か五時には起きて炊事の仕事をし、昼は原告およびその両親とともに農業に従事し、舅姑にもよく仕えていたのに被告がいつたん健康を害して寝込むようになつたら右Nは、たちまち農繁期に被告が休んでいることを嫌つて同人を実家に連れ戻させたような次第で、その際ひそかに被告の持物の中に舌代と題して「Mの意見に、私のからだは傷だらけ、わたしがいてはこの家はつぶれてしまう、この事情が明らかにならない時は、Nの家には入れることはできない」と記載した手紙をさし入れ、そのため被告の母で離婚されることをおそれて十分な治療もできないうちに被告を原告方に連れ帰つたところ、右Nから「そんな嫁に家の敷居はまたがせられない」原告からは「こんな人はもうたくさんだから連れ戻つてくれ」などと入家を拒ばれたため、被告はやむなく再び実家に戻つて青木病院に入院したものであつて入院してはすぐ退院するということをくり返したのはいつに離婚をおそれたのと子供達のことが心配で病院におちついていられなかつたからであり、原告は、このような病人を一度見舞つただけで放置し、その入院費用も単に健康保険証を渡しただけで一切負担せず、昭和三七年一一月頃仲人を介して被告を離婚する旨申し入れ、被告が応じなかつたため前橋家庭裁判所太田支部に離婚調停(昭和三八年(家イ)第一号)を申し立てたが不調に終つたことおよび被告の病気も過労と舅姑に対する心労など神経の酷使がその主たる誘因となつていることが認められる。(反証排斥)
そもそもたとえ被告の病気が精神病だとしても、夫婦の一方はその一事だけでただちに離婚の請求ができるものではなく、その請求をするのには病人の今後の療養生活についてできるかぎりの具体的方途を講ずべき筋合であるばかりでなく前記認定のように被告の発病は、もつぱら原告方における家事と農業の労働からきた過労や舅姑に対する心労のかさなりがその誘因となつているものと認められる以上被告の発病について原告にまつたくその責任なしとすることはできない。すなわち原告にしていますこし被告に対する愛情と協力があつたならば、両親と被告の間に立つても被告の病気中には休養を与え、医療にかけることぐらいはできたはずであり、早期にこれらの処置がなされたとすれば被告をこのような状態にまで陥らせずにすんだかも知れず、しかも発病して入院してからは、経費の負担もせず離婚のみをあせつてほとんど病人を訪れることもしないことは夫婦の扶助協力義務にも違反し、本件婚姻破綻の原因は、もつぱら原告にその責任があるものと考える。したがつて原告からの被告に対する離婚請求は理由がないものと認める。
二、つぎに被告の反訴請求について判断する。
(一) 原被告婚姻関係の破綻の事情は前段認定のとおりである。今や両者の間にはすでに夫婦としても愛情も信頼も失われ、被告は、実家にあつて、実母や弟妹達の理解と協力の中に療養生活を送る外ないものであつて、かかる結果をまねいたことについて被告に別段の責任が認められないことは明らかであるから、右事由にもとづく原告との離婚を求める被告の反訴請求は理由がある。
(二) そこで離婚に伴う財産分与ならびに慰藉料の請求について判断するに、被告の生い立ち、学歴および被告が結婚して病気になるまでの六年間原告方の家事および農業に従事しその生計を助けてきたことおよび原、被告方の資産関係は前記認定のとおりであつて、<証拠によれば>被告は、原告との婚姻が初婚で現在満三二才に達しすでにふたりの母となり婚期をすぎており、さらに<証拠によれば>原告は、訴外KN、同KIの三男として昭和九年五月二三日に生れたものであつて、前記資産の外父Nは、宅地二六五坪木造瓦葺二階建三八坪余、山林二反余を所有し、中流以上の農家で、その会計は一切同人がこれを管理し、原告ら夫婦は必要の都度右Iから小遣銭を渡されるのみで、被告は、前記労働に対して別段報酬を得ていたわけではないことおよびその資産はいずれ、原告の相続するところであることが認められる。
ところで離婚に伴う財産分与は、財産関係からみた婚姻の総清算であろうか、他面分与財産により離婚後における一方の配偶者の扶養をはかる趣旨をも包含するものと解するので、被告が原告方における労働の過重によつて発病したことおよび今後の長い療養生活をしのばなければならない点を重視して、原告は、被告に対して財産分与として金三〇万円を支払うのが相当であり、また被告が原告と離婚するほかない状態にいたらせたのは、原告らにその責任があると認めるから、原告は、被告の被むつた精神的苦痛を慰藉すべき義務があるこというまでもなく、以上認定の事情を総合して、被告の精神的苦痛を慰藉するには、金一〇万円をもつて相当と認める。
(三) さらに被告の婚姻費用の分担を前提とする請求について判断するに、そもそも婚姻費用の分担は、たとえ過去のものであつたとしても、本来家庭裁判所の審判によつてのみその分担額を形成決定すべきものと考えるが、婚姻関係にしてすでに破綻し、離婚を求めている場合には夫婦協同生活のプライバシーに関するものとしての手続の非公開の要請もまた失われているものと考えるので、訴訟によつてもその分担の義務のみならずその分担額の給付をも命じ得るものと解する。もつともこの請求は、もともと通常訴訟によるべきものであるから、離婚の訴に附帯できるかどうなお疑問が残るが、過去の婚姻費用の分担の請求権は、離婚の際にもつともその効用を発揮するものであつて、すでに支出したその費用は、損害としての性格をも有するので、人事訴訟手続法第七条二項にひろく「訴の原因たる事実に因りて生じたる損害賠償の請求」にふくまれるものと解するを相当とする。いま本件についてこれをみるに<証拠によれば>被告は、その実母から借り受けて前記病気の治療代として青木精神病院に合計二一万六、〇九〇円支払つていることが認められ、右費用は、原告ら夫婦の婚姻費用の一部に外ならず、右夫婦のいずれかが、負担すべき筋合のものであつて、前記認定のように被告は、その労働力のすべてをあげて原告方の家事と農耕に費やし、外に収入を得る暇もなくその生活は一切原告方の経費でまかなわれていたのであるから、右費用全部原告の負担すべきものと考える。よつて被告がその中二〇万円を請求するのは理由がある。
もつとも、被告は、財産分与金二〇万円を求める分に対しても反訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の遅延損害金の支払を求めているが財産分与請求権は、その認容の判決の確定とともに発生するものであることは民法第七七一条、第七六八条第二項に徴して明らかであるから、右財産分与金に対する遅延損害金の支払を求める部分のうち、本判決確定の日の翌日から完済まで右割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるが、その余の部分は理由がない。(水野正男)